話を深入りさしてもいいのかい」
 わたくしは、多少後悔に噛《か》まれながら「すみません」と言った。しかし、こう弁解はした。
「あたし、何だか、この頃、精神も肉体も変りかけているようで、する事、なす事、
取り止めありませんの。しかし考えてみますのに、もしあたしたちに一人でも娘があったら、こんなにも他所《よそ》の娘のことで心を痺《しび》らされるようなこともないと思いますが――」
 逸作は「ふーむ」と、太い息をしたのち、感慨深く言った。「なる程、娘をな。」


 以前に、こういう段階があるものだから、今もわたくしは、雛妓が氷水でも飲み終えたら、何か身の上ばなしか相談でも切り出すのかと、心待ちに待っていた。しかし雛妓にはそんな様子もなくて、頻りに家の中を見廻《みまわ》して、くくみ笑いをしながら、
「洒落《しゃれ》[#「洒落《しゃれ》」は底本では「洒落《しゃれ》れ」と誤植]てるけど、案外小っちゃなお家ね」
 と言って、天井の板の柾目《まさめ》を仰いだり、裏小路に向く欄干《らんかん》に手をかけて、直ぐ向い側の小学校の夏季休暇で生徒のいない窓を眺めたりした。
 わたくしの家はまだこの時分は雌伏時代に
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