いてあげますよ」
 すると雛妓は殆《ほとん》ど生娘の様子に還《かえ》り、もじもじしていたが、
「奥さんにお目にかかってから、また、いろいろな雑誌の口絵の花嫁や新家庭の写真を見たりしてあたし今に堅気のお嫁さんになり度《た》くなったの。でも、こんなことしていて、真面目《まじめ》なお嫁さんになれるか知ら――それが」
 言いさして、そこへ、がばと突き伏した。
 逸作はわたしの顔をちらりと見て、ひょんな顔を深めた。
 わたくしは、いくら相手が雛妓でも、まさか「そんなこともありません。よい相手を掴まえて落籍《ひか》して貰えば立派なお嫁さんにもなれます」とは言い切れなかった。それで、ただ、
「そうねえ――」
 とばかり考え込んでしまった。
 すると、雛妓は、この相談を諦《あきら》めてか、身体を擡《もた》げると、すーっと座敷を出た。逸作は腕組を解き、右の手の拳《こぶし》で額を叩《たた》きながら、「や、くさらせるぞ」と息を吐《つ》いてる暇に、洗面所で泣顔を直したらしく、今度入って来たときの雛妓は再びあでやかな顔になっていた。座につくとしおらしく畳に指をつかえ、「済みませんでした」と言った。直《す》ぐそこ
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