の嫌だからたくさんと言った。
わたくしが臆《おく》しながら、先夜の女中の箱屋がかの女に惨《むご》たらしくした顛末《てんまつ》に就《つい》て遠廻《とおまわ》しに訊《たず》ねかけると、雛妓は察して「あんなこと、しょっちゅうよ。その代り、こっちだって、ときどき絞ってやるから、負けちゃいないわ」
と言下にわたくしの懸念を解いた。
わたくしが安心もし、張合抜けもしたような様子を見て取り、雛妓は、ここが言出すによき機会か、ただしは未だしきかと、大きい袂《たもと》の袖口《そでぐち》を荒掴《あらづか》みにして尋常科《じんじょうか》の女生徒の運針の稽古《けいこ》のようなことをしながら考え廻《めぐ》らしていたらしいが、次にこれだけ言った。
「あんなことなんにも辛《つら》いことないけど――」
あとは謎《なぞ》にして俯向《うつむ》き、鼻を二つ三つ啜《すす》った。逸作はひょんな顔をした。
わたくしは、わたくしの気の弱い弱味に付け込まれて、何か小娘に罠《わな》を構えられたような嫌気もしたが、行きがかりの情勢で次を訊《き》かないではいられなかった。
「他に何か辛いことあるの。言ってごらんなさいな。あたし聴
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