の方は気がたいへん軽くなった。それ故にこそ百ヶ日が済むと、嘗《かつ》て父の通夜過ぎの晩に不忍池《しのばずのいけ》の中之島の蓮中庵で、お雛妓かの子に番《つが》えた言葉を思い出し、わたくしの方から逸作を誘い出すようにして、かの女を聘《あ》げてやりに行った。「そんな約束にまで、お前の馬鹿正直を出すもんじゃない」と逸作は一応はわたくしをとめてみたが、わたくしが「そればかりでもなさそうなのよ」と言うと、怪訝《けげん》な顔をして「そうか」と言ったきり、一しょについて行って呉れた。息子の一郎は「どうも不良マダムになったね」と言いながら、わたくしの芸術家にしては窮屈過ぎるためにどのくらい生きるに不如意であるかわからぬ性質の一部が、こんなことで捌《さば》けでもするように、好感の眼で見送って呉れた。
 蓮中庵では約束通りかの女を聘《よ》んで、言葉で番えたようにかの女のうちで遊んでいる姐《ねえ》さんを一人ならず聘んでやった。それ等の姐さんの三味線《しゃみせん》でかの女は踊りを二つ三つ踊った。それは小娘ながら水際立って鮮やかなものであった。わたくしが褒めると、「なにせ、この子の実父というのが少しは名の知れた舞
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