う。けど、何かの記念日なんだから仕方ないんですって。幹事さんの中には冬のモーニングを着て、汗だくでふうふう言いながらビールを飲んでた方もあったわ」
 お雛妓らしい観察を縷々《るる》述べ始めた。わたくしがかの女に何か御馳走《ごちそう》の望みはないかと訊くと、
「では、あの、ざくざく掻《か》いた氷水を。ただ[#「ただ」に傍点]水《すい》というのよ。もし、ご近所にあったら、ほんとに済みません」
 と俄《にわか》に小心になってねだった。
 わたくしの実家の父が歿《な》くなってから四月は経《た》つ。わたくしのこころは、葬儀以後、三十五日、四十九日、百ヶ日と過ぐるにつれ、薄らぐともなく歎きは薄らいで行った。何といっても七十二という高齢は、訣れを諦《あきら》め易くしたし、それと、生前、わたくしが多少なりとも世間に現している歌の業績を父は無意識にもせよ家霊の表現の一つに数えて、わたくしは知らなかったにもせよ日頃慰んでいて呉れたということは、いよいよわたくしをして気持を諦め易くした。勿論《もちろん》わたくしに取ってはそういう性質の仕事の歌ではなかったのだけれども。それでも、まあ無いよりはいい。
 で、そ
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