家の家霊はおしゃれ[#「おしゃれ」に傍点]で美しいもの好きだ」と。そしてまた言った。「その美なるものは、苦悩を突き詰めることによってのみその本体は掴《つか》み得られるのだ」と。ああ、わたくしは果してそれに堪え得る女であろうか。
 ここに一つ、おかのさんと呼ばれている位牌がある。わたくしたちのいま葬儀しつつある父と、その先代との間に家系も絶えんとし、家運も傾きかけた間一髪の際に、族中より選み出されて危きを既倒に廻《まわ》し止めた女丈夫だという。わたくしの名のかの子は、この女丈夫を記念する為めにつけたのだという。しかも何と、その女丈夫を記念するには、相応《ふさ》わしからぬわたくしの性格の非女丈夫的なことよ。わたくしは物心づいてからこの位牌をみると、いつもこの名を愛しその人を尊敬しつつも、わたくし自らを苦笑しなければならなかった。


 読経は進んで行った。会葬者は、座敷にも椽《えん》にも並み余り、本堂の周囲の土に立っている。わたくしは会葬者中の親族席を見廻す。そしてわたくしは茲にも表現されずして鬱屈《うっくつ》している一族の家霊を実物証明によって見出すのであった。
 北は東京近郊の板橋かけ
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