はい》がある。絶世の美人だったが姉妹とも躄《あしなえ》だった。権之丞は、構内奥深く別構へを作り、秘《ひそ》かに姉妹を茲《ここ》に隠して朝夕あわれな娘たちの身の上を果敢《はか》なみに訪れた。
伊太郎という三四代前の当主がある。幕末に際し、実家に遁入《とんにゅう》して匿《かく》まわれた多くの幕士の中の一人だが、美男なので実家の娘に想《おも》われ、結婚して当主に直った人であった。生来気の弱い人らしく、畢生の望みはどうかして一度、声を出して唄《うた》を謡ってみたいということであった。或る人が彼に、多摩川の河原へ出て人のいないところで謡いなさいと進言した。伊太郎は勧めに従ってひとり河原に出てはみたものの、ついに口からよう謡い出ずに戻って来た。
蔵はいろは四十八蔵あり、三四里の間にわが土地を踏まずには他出できなかったという。天保銭は置き剰《あま》って縄に繋いで棟々の床下に埋めた。こういう逞《たくま》しい物質力を持ちながら、何とその持主の人間たちに憐《あわ》れにも蝕《むしば》まれた影の多いことよ。そしてその蝕まれるものの、また何と美しいものに縁があることよ。
逸作はいみじくも指摘した「おまえの
前へ
次へ
全61ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング