を離れていて呉《く》れて、わたくしたちの悲歌劇の一所作が滞りなく演じ終るまで待っていて呉れた。そして逸作が水を飲み終えてコップを盆に返すのをきっかけ[#「きっかけ」に傍点]に葬列は寺へ向って動き出した。
菩提寺《ぼだいじ》の寺は、町の本陣の位置に在るわたくしの実家の殆《ほとん》ど筋向うである。あまり近い距離なので、葬列は町を一巡りしたという理由もあるが、兎《と》に角《かく》、わたくしたちは寺の葬儀場へ辿《たど》りついた。
わたくしは葬儀場の光景なぞ今更、珍らしそうに書くまい。ただ、葬儀が営まれ行く間に久し振りに眺めた本尊の厨子《ずし》の脇段《わきだん》に幾つか並べられている実家の代々の位牌《いはい》に就《つ》いて、こども[#「こども」に傍点]のときから目上の人たちに聞かされつけた由緒の興味あるものだけを少しく述べて置こうと思う。
権之丞というのは近世、実家の中興の祖である。その財力と才幹は江戸諸大名の藩政を動かすに足りる力があったけれども身分は帯刀御免の士分に過ぎない。それすら彼は抑下《よくげ》して一生、草鞋穿《わらじば》きで駕籠《かご》へも乗らなかった。
その娘二人の位牌《い
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