は、雛妓を弾《は》ねのけて居ずまいを直しながらきっぱり言った。
「何と言っても今夜は駄目だ。踊ったり謡ったりすることは出来ない。僕たちはいま父親の忌中なのだから」
その言い方が相当に厳粛だったので、雛妓も諦《あきら》めて逸作のそばを離れると今度はわたくしのところへ来て、そしてわたくしの膝《ひざ》へ手をかけ、
「奥さんにお願いしますわ。今度また、ぜひ聘《よ》んでね。そして、そのときは屹度《きっと》うちの姐《ねえ》さんもぜひ聘んでね」
と言った。わたくしは憫《あわ》れを覚えて、「えーえー、いいですよ」と約束の言葉を番《つが》えた。
すると安心したもののように雛妓はしばらくぽかんとそこに坐《すわ》っていたが急に腕を組んで首をかしげひとり言のように、
「これじゃ、あんまりお雛妓さんの仕事がなさ過ぎるわ。お雛妓さん失業だわ」
と、わたくしたちを笑わせて置いてから、小さい手で膝をちょんと叩《たた》いた。
「いいことがある。あたし按摩《あんま》上手よ。よく年寄のお客さんで揉《も》んで呉れって方があるのよ。奥さん、いかがですの」
といってわたくしの後へ廻った。わたくしは興を催し、「まあまあ先
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