さを、逸作の中にある世の常の男の性は欲していないだろうか。わたくしはときどきそんなことを思った。
酒をやめてから容貌《ようぼう》も温厚となり、あの青年時代のきらびやかな美しさは艶消《つやけ》しとなった代りに、今では中年の威がついて、髪には一筋二筋の白髪も光りはじめて来ている。
わたくしは、その逸作に、雛妓《おしゃく》が頻《しき》りにときめかけ、縺《もつ》れかけている小娘の肉体の陽炎《かげろう》を感ずると、今までの愁いの雲はいつの間にか押し払われ、わたくしの心にも若やぎ華やぐ気持の蕾《つぼみ》がちらほら見えはじめた。それは嫉妬《しっと》とか競争心とかいう激しい女の情焔《じょうえん》を燃えさすには到らなかった。相手があまりにあどけなかったからだ。そしてこちらからうち見たところ多少腕白だったと言われるわたくしの幼な姿にも似通える節のある雛妓の腕働きでもある。それが逸作に縺れている。わたくしはこれを眺めて、ほんのり新茶の香りにでも酔った気持で笑いながら見ている。雛妓は、どうしてもうんと言わない逸作に向って、首筋の中へ手を突込んだり、横に引倒しかけたりする。遂《つい》に煩しさに堪え兼ねた逸作
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