の、流石《さすが》に年頃まえの小娘の肩から胴、脇《わき》、腰へかけて、若やいだ円味と潤いと生々しさが陽炎《かげろう》のように立騰《たちのぼ》り、立騰っては逸作へ向けてときめき縺《もつ》れるのをわたくしは見逃すわけにはゆかなかった。わたしは幾分息を張り詰めた。
 逸作の少年時代は、この上野谷中切っての美少年だった。だが、鑿《う》ち出しものの壺《つぼ》のように外側ばかり鮮かで、中はうつろに感じられる少年だった。少年は自分でもそのうつろに堪えないで、この界隈《かいわい》を酒を飲み歩いた。女たちは少年の心のうつろを見過ごしてただ形の美しさだけを寵《ちょう》した。逸作は世間態にはまず充分な放蕩児《ほうとうじ》だった。逸作とわたくしは幼友達ではあるが、それはほんのちょっとの間で、双方年頃近くになり、この上野の森の辺で初対面のように知り合いになったときは、逸作はその桜色の顔に似合わず[#「似合わず」は底本では「似わず」と誤植]市井老人のようなこころになっていた。わたくしが、あんまり青年にしては晒《さら》され過ぎてると言うと、彼は薩摩絣《さつまがすり》の着物に片手を内懐に入れて、「十四より酒飲み慣れて
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