端に、むくりと、その色彩の喰み合いの中から操り人形のそれのように大桃割れに結って白い顔が擡《もた》げ上げられた。そして、左の手を膝《ひざ》にしゃんと立て、小さい右の手を前方へ突き出して恰《あたか》も相手に掌の中を検め見さすようなモーションをつけると同時に男の声に擬して言った。
「やあ、君、失敬」
 眼を細眼に開けてはいるが、何か眩《まぶ》しいように眼瞼《まぶた》を震わせ、瞳《ひとみ》の焦点は座敷を抜けて遥《はる》か池か彼方の水先に放っている。それは小娘ながらも臆《おく》した人の偽りをいうときの眼の遣《や》り所に肖《に》ている。かの女はこの所作を終えると、自分のしたことを自分で興がるように、また抹殺するように、きゃらきゃらと笑って立上った。きゃらきゃらと笑い続けて逸作の傍の食卓の角へ来て、ぺたりと坐《すわ》った。
「お酌しましょうよ」
 わたくしはこの間に、ほんの四つ五つの型だけで全身を覆うほどの大矢羽根が紅紫の鹿の子模様で埋り、余地の卵黄色も赤白の鹿の子模様で埋まっているのを見て、この雛妓の所作のどこやら場末臭いもののあるのに比して、案外着物には抱え主は念を入れているなと見詰めていた。
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