雛妓はわたくしたちの卓上が既に果ものの食順にまで運んでいるのを見て、
「あら、もうお果ものなの。お早いのね。では、お楊子《ようじ》」
と言って、とき色の鹿の子絞りの帯上げの間からやはり鹿の子模様の入っている小楊子入れを出し、扇形に開いてわたくしたちに勧めた。
「お手拭《てふ》きなら、ここよ」
「なんて、ませ[#「ませ」に傍点]たやつだ」
座敷へ入って来てから、ここまでの所作を片肘《かたひじ》つき、頬《ほお》を支えて、ちょうどモデルでも観察するように眼を眇《すが》めて見ていた逸作は、こう言うと、身体を揺り上げるようにして笑った。
雛妓は、逆らいもせず、にこりと媚《こ》びの笑いを逸作に送って、
「でしょう」といった。
わたくしはまた雛妓に向って「きれいな衣裳《いしょう》ね」と言った。
逸作は身体を揺り上げながら笑っている間に画家らしく、雛妓の顔かたちを悉皆《しっかい》観察して取ったらしく、わたくしに向って、
「名前ばかりでなく、顔もなんだかお前に肖てるぜ。こりゃ不思議だ」と言った。
着物の美しさに見惚《みほ》れている間にもわたくしもわたくしのどこかの一部で、これは誰やらに、
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