と言った。
父はまた、長男でわたくしの兄に当る文学好きの青年が大学を出ると間もなく夭死《ようし》した。その墓を見事に作って、学位の文学士という文字を墓面に大きく刻み込み、毎日毎日名残り惜しそうにそれを眺めに行った。
「何百年の間、武蔵相模の土に亙《わた》って逞《たくま》しい埋蔵力を持ちながら、葡《は》い松のように横に延びただけの旧家の一族に付いている家霊が、何一つ世間へ表現されないのをおやじは心魂に徹して歎《なげ》いていたのだ。おやじの遺憾はただそれ許《ばか》りなのだ。おやじ自身はそれをはっきり意識に上《のぼ》す力はなかったかも知れない。けれど晩年にはやはりそれに促されて、何となくおまえ一人の素質を便りにしていたのだ。この謎《なぞ》はおやじの晩年を見るときそれはあまりに明かである。しかし望むものを遂におまえに対して口に出して言える父親ではなかった以上、おまえの方からそれを察してやらなければならないのだ。この謎を解いてやれ。そしてあのおやじに現れた若さと家霊の表現の意志を継いでやりなさい。それでなけりゃ、あんまりお前の家のものは可哀相《かわいそう》だ。家そのものが可哀相だ」
逸作はこ
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