の寂しさを努めて紛らすために何か飄逸《ひょういつ》な筆つきを使う画家であった。都会児の洗練透徹した機智は生れ付きのものだった。だが彼は邪道に陥る惧《おそ》れがあるとて、ふだんは滅多にそれを使わなかった。ごく稀《まれ》に彼はそれを画にも処世上にも使った。意表に出るその働きは水際立って効を奏した。
 わたくしはそれを知っている故に、彼の思い付きに充分な信頼を置くものの、お雛妓を聘ぶなどということは何ぼ何でも今夜の場合にはじゃらけた気分に感じられた。それに今までそんなことを嘗《かつ》てしたわたくしたちでもなかった。
「いけません。いけません。それはあんまりですよ」
 わたくしの声は少し怒気を帯びていた。
「ばか。おまえは、まだ、あのおやじのこころをほんとによく知っていないのだ」
 そこで逸作は、七十二になる父が髪黒々としつつ、そしてなお生に執したことから説いて、
「おやじは古《ふ》り行く家に、必死と若さを欲していたのだ。あれほど愛していたおまえのお母さんが歿《な》くなって間もなく、いくら人に勧められたからとて、聖人と渾名《あだな》されるほどの人間が直《す》ぐ若い後妻を貰ったなぞはその証拠だ」
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