る芸術上の議論に疑惑を惹《ひ》き起し易い。また、なにか為めにするところがあるようにも取られ易い。これを思うと筆はちょっと臆《おく》する。それで筆者は幾度か考え直すに努めて見たものの、これを更《か》えてしまっては、全然この物語を書く情熱を失ってしまうのである。そこでいつもながらの捨身の勇気を奮い気の弱い筆を叱《しか》って進めることにした。よしやわざくれ、作品のモチーフとなる切情に殉ぜんかなと)
からし菜、細根大根、花菜漬、こういった旬《しゅん》の青味のお漬物でご飯を勧められても、わたくしは、ほんの一口しか食べられなかった。
電気ストーヴをつけて部屋を暖かくしながら、障子をもう一枚開け拡《ひろ》げて、月の出に色も潤《うる》みだしたらしい不忍《しのばず》の夜の春色でわたくしの傷心を引立たせようとした逸作も遂《つい》に匙《さじ》を投げたかのように言った。
「それじゃ葬式の日まで、君の身体が持つか持たんか判らないぜ」
逸作はしばらく術無《すべな》げに黙っていたが、ふと妙案のように、
「どうだ一つ、さっきのお雛妓の、あの若いかの子さんでも聘《よ》んで元気づけに君に見せてやるか」
逸作は人生
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