の骨をしやぶつてゐるときには、あの忠告した坊主がほんたうは自分も食ひ度《た》いのだがそれが食へぬので、あんな嫌がらせをいつたので、それを押して食つて居る自分を嗅《か》ぎつけたら、うらやましくなつて、何か化性にでもなつて現れて来るやうな気がした。事実その姿は変に薄つぺらな影絵となつて障子《しょうじ》の紙から抜けたり吸ひ込まれたりするのを彼は感じた。すると彼はいつそ大胆になつて、わざと大ぴらにどぜうを食つて見せるのだつた。それで影絵が消えて仕舞ふと、彼は勝利を感じて箸をしまつた。南禅寺の本堂で、卸戸《おろしど》をおろす音がとどろいた。その間に帚《ほうき》で掃くやうな木枯《こがらし》の音が北や西に聞えた。彼は行燈《あんどん》をつけてから、煎茶《せんちゃ》の道具を取り出した。
彼は後世、煎茶道の中興の祖と仰がれるだけにこの齢になつても、この道には執著を持つた。むしろ他の道楽を一つ一つ切り捨てて行つて、たつた一つを捨て切れず、残した好みであるだけに全身的なものがあつた。「茶は高貴の人に応接するが如し、烹点《ほうてん》共に法を濫《みだ》れば其《その》悔かへるべからず」これが、彼の茶に対するときの
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