吐きに吐きつつ、しかも、未来|永劫《えいごう》癒《いや》されぬ人の姿のままで、生き延びるつもりだ。それを、さうはさせない身体よ、周囲よ、汝等《なんじら》はみな人殺しだぞ。人殺し! 人殺し!。と秋成は、自分の身体に向け、あたりに向け、低いけれども太くて強い調子の声を吐きかけた。そして、今更、自分の老《おい》を憎んだ。
かうなつたら、やぶれ、かぶれ、生きられるだけ生きてやらう。身体が足の先きから死に、手の先きから死にして行かうとも、最後に残つた肋骨《ろっこつ》一本へでも、生きた気込みは残して見せようぞ――。考へがここまで来ると彼は不思議な落着きが出て来た。
暁方《あけがた》近くらしいぬくい朝ぼらけを告ぐるやうな鶏《とり》の声が、距離不明の辺から聞えて来た。彼はこの混濁した朝、茶を呑《の》むことにとぼけたやうな興味を感じ出した。彼はまた湯鑵に新しく水を入れて来て火鉢の火を盛んにした。湯の沸く間に、彼は彼の唯一の愛玩《あいがん》品の南蛮《なんばん》製の茶瓶《ちゃびん》を膝《ひざ》に取上げて畸形《きけい》の両手で花にでも触れるやうに、そつと撫《な》でた。五官の老耄《ろうもう》した中で、感覚が
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