の下に、愉快に自分の罵言《ばげん》も聴き、寛容も秋成に示せた。もう誰も、秋成に向つて真理に刺されて飛上る苦痛の表情も反抗する激怒の態度も見せて呉《く》れるものは無くなつた。垂れ幕のやうな、にやにやした笑ひだけが、自分の周囲を取巻いた。秋成は、的が無くなつて、空《むな》しい矢を射る自分の疲労に堪へられなくなつた。
 彼等はその上、自分に深切さへ見せ出して自分の文集を編み出した。誰にも、手をつけさせなかつた草稿を入れて置く机のわきの藤簍《つづら》かごを掻廻《かきまわ》したり、人のところから勝手に詠草《えいそう》を取り寄せたりして版に彫つた。家鴨《あひる》は醜くとも卵だけは食へると思つたのかも知れない。自分が何か註文をいひ出すと==こどもに返つたのを忘れては困る。遊んで遊んで。と肘《ひじ》ではねた。これらの草稿は、やつぱり、自分のかねての決心どほり、自分の柩《ひつぎ》と一しよに寺に納めて後世を待つべきものではなかつたかしらん。人に※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》ぎとられて育つたやうな冊子でも出来て見れば、可愛《かわ》ゆくないことはない。それだけにまた、人に勝手にされたいま
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