りに形式に現して気持を新《あらた》にするつもりでゐたものを、これではまるで、他人に自分を葬らせる機会を作つてやつたやうなもので、今更、取返しのつかぬ失敗のやうに思はれた。で、ふしよう、ぶしよう==有難う、まあ、これからこどもに返つた気で……といふと、その言葉に飛びついて==それが宜《よ》い、全くこれからは、何もかも忘れてこどもに生れ返りなさることですぞ。と自分と同年でありながら、髪が黒く、歯が落ちず、杖《つえ》いらず、眼自慢の老人が命令的に云つた。日頃病身の癖に、壮健な彼と同じやうに長命する秋成を腹でいまいましがつてゐる老人だつた。彼は彼に向つて日頃いたづらなる健康を罵《ののし》る秋成に、折もあらば一撃を与へようと機会を覗《うかが》つてゐたのだつた。彼の言葉は==この上、長生きをするなら、もちつと、おとなしくしろ。といふのも同じだつた。まはりで聞いて居た人々は手を拍《う》つて、さうだ、そのことそのこと、といつた。
それから、知友の連中は牒《しめ》し合したやうに、自分をこども扱ひにし、真面目《まじめ》に相手にならなかつた。彼はその方が都合がよかつた。相手はこどもに返つた老人だといふ考へ
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