に、ふと愛した近隣のこどもに死なれ愁歎《しゅうたん》の世にも憐《あわ》れなありさまを述べたものなどであつた。書きぶりも自分のによく似た上、運ぶこころも自分へ向けてゐるものばかりであつた。あの虫のやうな女に、こんな纏綿《てんめん》たる気持が蟠《わだかま》つてゐたのか。自分のやうな枯木ともなま木ともわけの判らぬ男性にやつぱり情を運ばうとしてゐたのか。さう思ふといぢらしくなつて、その文反古の上に、不覚の涙さへこぼした。しかし、再三読返してゐるうちに、自分に対して姉ぶつた物言ひや、自分を恨《うら》まず、なんでも世の中の無常にかこつけて悟りすまさうとする貞女振りや、賢女振りが、目について来て、やつぱり彼女も世間並の女であつたかと、興が醒《さ》めたとは云ひながら、その意味からいつて、また憐れさが増し、兎《と》も角《かく》も人が編んで呉《く》れた自分の文集『藤簍冊子《つづらぶみ》』の末に入れてやつた。
 秋成は、かういふ流浪《るろう》漂泊の生活の中に研鑽《けんさん》執筆してその著書は、等身の高さほどあるといはれてゐる。国文に関した研究もの、国史、支那稗史《しなはいし》から材料を採つた短篇小説、校釈、
前へ 次へ
全43ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング