かけた小さい自分の家を外へ出て顧りみると、世界にたつた一つ住み当てた自分の家といふ気がして、そのとき、もはや老年にいりかけて居た彼は、こどものやうになつて悦《よろこ》んだ。しかし、その悦びも大して長く続かず、六年目には垂簾を巻いて京都へ転居したのをきつかけに、再び住居の転々は始つた。
垂簾はかなりよごれてゐた。秋成は長柄の住家ではじめてそれをかけたと同じやうに外へ出て眺め返してみた。小庵は新しいので垂簾のよごれは目立つた。彼は住居に対する執著《しゅうちゃく》の亡霊がまだ顔をさらしてゐるやうで軽蔑《けいべつ》したくなつた。しかし、いくら運命が転居させたがつても、もうさうはおれの寿命は続かなからう。今度こそはおれは一つの家に住み切つてしまふのだ。さう思ふと痛快な気がして==ざま見い。と彼は垂簾に向つて云つた。そしてその気持を妻の瑚※[#「王+連」、第3水準1−88−24]尼に話したくなつた。==瑚※[#「王+連」、第3水準1−88−24]よ。いまだけでいい。ちよつと話し相手に墓場から出て来んかい。
彼はもしこの小屋なら妻はいつも其処《そこ》に起き暮しするだらうと思ふ、小箱程の次の間に向
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