》があつて危くてうつとりできなかつた。また、しやうばい女などはそれとはまるで違ふ種だが、やつぱりかならず持つて居る。男を迷はさず男の魂を飛さずに惚《ほ》れられる女は一人も無かつた。惚れればきつと男の性根を抜き、男を腑抜《ふぬ》けにして木偶《でく》人形のやうに扱はうとする。男に自分の性根をしつかり持ち据ゑさせ乍《なが》ら恍惚《こうこつ》たる気持にさして呉《く》れる女は一人も無かつた。さういふ女のことごとくが、男の性根のあるうちは、まるでそれをさかなに骨があるやうに気にしてむしりにかかる。骨がきれいにむしられて仕舞《しま》ふと安心して喰べにかかる。
 酒のやうに酔はせる女はたくさんある。茶のやうに酔はせる女は一人も無い。栄西禅師《ようさいぜんじ》の喫茶養生記の一節を思ひ出す。「茶を飲んで一夜眠らぬも、明日身不[#レ]苦」と。一夜眠らざるも明日身苦しからぬ恋があらうか……そんなわけから、二十九のとき貰《もら》つた妻といふものにも何の期待も持たなかつた。年頃になつたから人並に身を固めるといふ世間並に従つたまでだ。名をお玉といつて自分とは八つ違ひだつた。大阪で育つた女だが、生れは京都の百姓の娘だ
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