の店を引受けてから急に左り前になつたその衰運をまともにつきあひ、わびしいめに堪へながら、秋成がやつとありついた医業にいくらか栄えが来て、楽隠居《らくいんきょ》にして貰《もら》つたところで、また、がたんと貧乏|住居《ずまい》に堕《お》ちたのだつた。だから秋成にしてみれば、まま母に、何とも気の毒でしやうが無かつた。そこで、五十五の男が母の前に額《ぬか》をつけ、不孝、この上なしと、詫《わ》びたのだつた。すると、まま母は==何としやうもない事だ。と返事して呉《く》れた。ものを諦める、といふほど積極的に気を働かす女でなく、いつもその儘《まま》、その儘のところに自分を当て嵌《は》めた生活を、ひとりでにするたちの女だつた。けれども、この母のこの返事は、可成《かな》り秋成に世の中を住みよくさして呉《く》れた。この母と妻の母と、もう五十に手のとゞきさうな妻と、三人の老婆が、老鶏《ろうけい》のやうに無意識に連れ立つて、長柄の川べりへ薺《なずな》など摘みに行つた。
 かういふ気易《きやす》さを見て、暮しの方に安心した自分は、例の追ひ求むるこころを、歴史の上の不思議、古語の魅力へいよいよ専《もっぱ》らに注ぐの
前へ 次へ
全43ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング