たら、一筋に生みの母への追慕は透《とお》つて生涯の一念は散らされずに形を整へてゐて呉れたかも知れない。それをなまじひ、わきからさし湯のやうに二人までの愛を割り込ませ、けつきよく自分の生母へのあこがれを生ぬるいものにして仕舞《しま》つた。をかしなことは自分が母親をなつかしむとき、屹度《きっと》、三人の女の面影が胸に浮び、若い生母の想像の俤《おもかげ》から老いた最後の養母まで、ずらりと面影を並べて、自分の思ひ出を独占しようと競ひ合ふ。自分は遠慮して、そのどれへも追慕のこころを専《もっぱ》らにするのを控へるのだつた。
かくべつすぐれたところの無い養母たちにも心から頭を下げたことが二度あつた。一度は、後のまま母の生きて居るうち、自分の五十五の年であつた。中年で習つて、折角はやりかけた医術も、過労のため押し切れなく成り、それで儲《もう》けて建てた、かなり立派な家も人手に渡し、田舎《いなか》へ引込んだ年であつた。そのときは妻の母も一緒にして仕舞つたので、狭い田舎の家に二人の老婆がむさくるしく、ごたごた住まねばならなかつた。もとは大阪堂島の、相当戸前も張つて居る商家のお家はんであつたのを、秋成がそ
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