真上から吹き圧《おさ》へる重圧を、老人の乾いて汚斑《しみ》の多い皮膚に感じてゐた。
 永い年月|工夫《くふう》したかういふ境地に応ずべき気の持ちやうが自然と脱却して、いまは努めなくても彼の形に備《そなわ》つてゐた。それは「静にして寂しからず」といふこつ[#「こつ」に傍点]であつた。
 湯が沸いて「四辺泉の湧《わ》くが如く」「珠《たま》を連ぬるが如く」になつた。もうすこしすると「騰波鼓浪《とうはころう》の節に入り、ここに至つて水の性消え即《すなわ》ち茶を煮べき」湯候《ゆごろ》なのである。秋成には期待の気持が起つて熱いものが身体を伝《つたわ》つて胸につき上げて来るのを覚えた。それが茶に対する風雅な熱意ばかりであるのかと思ふと、さうではなく、それに芽生《めば》えたいろいろな俗情が頭を擡《もた》げて来るのであつた。
 青年時代の俳諧《はいかい》三昧《ざんまい》、それをもしこの年まで続けて居たとすれば、今日の淡々如きにかうまで威張《いば》らして置くものではない。淡々|奴《め》根が材木屋のむすこだけあつて、商才を弟子集めの上に働《はたらか》して、門下三千と称してゐる。これがまづ、いまいましい。四十
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