た政枝の肩に手をかけて自分の方へ振り向かせ、笑いながら体温を計り始めた。政枝はちらっと華岡の顔を覗いた後、直ぐ眼を伏せて云った。
「ゆうべ先生の夢を見たわ」
「どんな夢だった」
 華岡は診察も忘れて相手になっている。
「とてもいい先生だったわ。一日中私のそばにいて呉れましたもの」
 本当とも皮肉とも判らぬ政枝の話に華岡は返事の仕様もなく、多可子や寛三の方を見た。多可子はまさに死んで行こうとする少女が、漸く兆《きざ》し初めた性の本能をわずかに自分の身辺に来る一人の男性である華岡医師に寄せ掛けているのを考えると不憫であった。けれどもそれが多可子の見る眼の前の光景であるのは堪らなく多可子には我慢出来ないような光景であった。その相手になっている華岡医師をまともに見るのも不愉快だった。自分だけはこんな少女の醸《かも》し出すセンチメンタルな甘えた雰囲気の中に捲き込まれるのはまっぴらだと思った。多可子は下膨れのした白い丸顔を幾分引き締めて、前窓の敷居を見詰めていた。だがやっぱり心の中ではまさに萎縮しようとする生命の営みの急しさ――政枝が自分に甘えかかるのも頼み切るのも、死んで行く前の現実から少しでも
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