多くこの世の慈味を摂取して行こうとする政枝の生命の欲望のあがきであるのを思って、あわれなのであった。
 華岡はやっと診察に取りかかった。そして診察を済ますと、そこにいる誰にとはなく、「もう少しでよくなるだろう」と告げながら、さっと立ち上ってしまった。そうだったのか――先刻からのこの医師の政枝に対するあしらいも矢張り死病の患者への気安めのあしらいだったのか。流石《さすが》患者のあしらいに馴れた医師の態度だと、多可子は華岡を見直した。
「先生、やっぱり直ぐ帰ってしまうのね。私が訊くことにお返事が出来ないからでしょう」
 政枝は今度は今までとは違った意味で華岡医師に帰られるのを辛がった。彼女の病気に就いての詰問も日毎に執拗《しつこ》くなって来た。それは此頃政枝が死の恐怖に襲われるからである。一度死を図って死に損《ぞこな》った政枝は反動的に極度に死を怖れ、死から出来るだけ遠退きたいと心中もがき続けた。だが、死を思うまいとすれば却《かえ》って死の考えが泛《うか》び、夢にも度々《たびたび》死ぬ夢を見た。永久に脱出の叶わぬ、暗い、息もつけない洞窟の中に転落して行く――そういうような夢を度々見た。政枝
前へ 次へ
全16ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング