が一方に係ってる華岡医師への乙女の嬌羞を突然脱ぎ捨てて、病気快方の福音を医師から聞き取ろうとするのも一つにこの死の恐怖をまぎらすためであった。それも同じ言葉の繰り返しだけでは不充分だった、彼女は華岡医師に色々な質問をして全《あら》ゆる方面から入り込もうとする死の予感を防ごうとした。そういう必死な心情が、漸く周りの空気を緊《ひ》き締めて行った。多可子は甘えたセンチメンタルと思った感情の底に、またこうした根もあることを知って、政枝を今更ながらいじらしく思った。政枝の眼は涙に満たされ、唇は震えて言葉がつげない様子だった。多可子は華岡に云った。
「先生、もう少しお話してやって下さい。段々よくなってますね」
「ええ、もう二三ヶ月じっとしておれば、起きられるようになりましょう」
 政枝は眼をしばたたきながら、顫《ふる》え声で口を挟んだ。
「でもちっとも今だってこの間じゅうにくらべて快《よ》くならないじゃありませんか」
 多可子は政枝のそういう言葉の底には、華岡医師から、「もうこの位快くなっている」と詳しく説明して呉れるのを期待する魂胆があるのを知っている。多可子はこの政枝の言葉の裏を華岡が了解して
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