案内して二階へ上って来た。
「さあ、政枝、お待ち兼ねの華岡先生がいらっしたよ」
 寛三は娘の顔と華岡医師の顔とを等分に見た。寛三はこの頃政枝がしきりに若い医師に無理にまつわりつくような様子が見え出したのに、今日も気兼ねをしていた。
「だって、先生は直《す》ぐ帰ってしまうもの、来ないと同じだわ」
 と呟《つぶや》いて、政枝は頸をひねって一寸髪に手をやり、掛け毛布の下で細い体を妙にくねらせた。その嬌羞《きょうしゅう》めいた仕草が多可子を不意に不快にした。見れば耳の附根や頸すじに薄ら垢《あか》が目に附く病少女のくせに、今まで丸鋸の音があんなにも堪えられないとかん[#「かん」に傍点]をたてていた病少女が、けろりとして男の前で無意識にも女らしさを見せる恰好《かっこう》が、無意識であるだけ余計に強く早熟な動物的本能のようなものを感じさせて多可子を不快にした。多可子は結核の子供は結核菌の毒素の刺戟で早熟になるということは何かで読んだことがあった。それを眼のあたり見ることは嫌なものだと思った。
 そして政枝の態度に対する華岡の応待が妙に多可子は気になった。
「いや、今日は少し長くいるよ」
 華岡はすね
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