た?ある晩秋だか初冬の夕だかに斯んな田圃から町の方へ、黄ろい大きな前歯をむき出したお婆さんが一人白髪頭をふりさばいて黙つて歩いて行く――こんなことが凄いやうに描いてありはしませんでした?」
私は云ひ終ると、身内がぞつとしました。そしてそんな妖婆が後からてつきり随いて来る様な恐迫観に急に襲はれ初めました。肩をすぼめて急ぎ足になりますと兄も淋しそうに笑ひ乍ら私とならんで歩き出しました。
○
軒先から、広い奥屋のあちこちの小径に幾条となく敷き分けられた庭石のあひだあひだに、白、赤、黄、淡紅、の松葉ぼたんの花が可憐な、しかし犯しがたい強い気稟をこめて、赫灼たる夏の真昼の太陽の光にあらがひ乍ら咲いて居ました。東京近郊或る勝景地の旧家である私の家の奥座敷はその日家来を大勢ものものしく率ゐた或る高貴の人の遊行の途次の休憩所でした。数名の下婢は居てもそういふ高貴の身辺へは、家の秘嬢を侍らすのが、その家の主人の忠勤を象徴するといふならはしが、殆どうごかすべからざる田舎の旧家の何代も続いた掟なのでした。丁度女学校を卒業して家へ帰つて居た私が、さしづめその役を勤なければなりませんでした。家事を
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