るセンチメンタルな妹が、おとなしく傍に居て熱心に自分の云ふことを聞いて呉れゝばそれで宜かつた。それは或る日曜日の午後の散歩の途次でありました。行手には王子辺の工場の太い煙突がはるかに薄ぐもつた空にそびえて立ちその下にぼかした様な町の遠景が横長に見える。道の四つ辻には必ず一かたまりの塵埃が積み捨られてある三河島たんぼを兄と妹は歩いて居たやうに覚えます――。今過ぎて来た田舎町の店々に熟れ切つて赤黒く光つて居た柿の実の色が眼に残つて居る。刈つたあとの稲株が泥田の面にほちほちと列をなし、ところどころに刈らない稲が、不精たらしい乱髪の様に見える。小川の橋の袂には大根菜の葉を洗ふ老若の男女。それもやがて杜絶えて、一筋の往還がまつたく蕭々たる初冬の象徴の様に茫漠とした田甫[#「甫」にママの注記]なかに来しかたはるかに、行く手果てなく続くのでありました。灰色の空はいよいよ低く重く、今にも一しぐれ来さうな心細さに思はず向後をふり返つても人影らしいものはほとんど見えず、烏がところどころにどんよりと黒い翼をやすめて居るばかりです。
「淋しいですね、兄さんツルゲネーフの散文詩集のなかにこんなのがありませんでし
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