処女時代の追憶
断片三種
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)田甫[#「甫」にママの注記]なかに
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 処女時代の私は、兄と非常に密接して居ました。兄に就いていろいろの思ひ出があります。十六七の時でした、何でも秋の末だと思ひます。子供のうちから歌や文章を好んで居た私を、やはり文学者として立つつもりで高等学校に居た兄が、新詩社の與謝野晶子夫人の処へつれて行つて呉れました。その頃新詩社からは今の明星の前身のやはり明星といふ大な詩歌雑誌が出て居ました。兄は私をつれて行くよりずつと前に新詩社に入り、歌や詩を明星に出して居りました。よく晴れた日でした、高く澄み上つた空の下に、枯草の道がながく続いて居ました。千駄ヶ谷の鉄道線路を挟んだ低い堤だつたと覚えて居ます。イナゴがしきりにとんでところどころに、枯れのこつた露草の花が、小さくかぢかんで咲いて居ました。これから連れて行く新詩社がその何丁くらひ先きにあるのか與謝野夫人がどんな方であるか、私はその想像で胸が一ぱいでした。が、無口な兄は、何にも云つて聞か
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