せませんでした。唯カスリの袷にキチンと袴を穿いて、少しよごれた一高の制帽の白線が色の黒い兄の丸顔と可愛らしく対照して居ました。新詩社は新宿よりの千駄ヶ谷の畑中の極々質素な平家でありました。兄のうしろに肩揚をしてお下げに髪を結つた私は、かくれるやうに座りました。私達は家の真中の広間――今強いて云へば応接間でしようか――に晶子夫人をお待ちして居りました。
 離れの障子の開く音がして、ひたひた板廊下をふむ柔かい足音がしました――丈の高い色の真白な晶子夫人が、私達の前へ現はれました。髪を無造作に巻いて、青つぽい絣の袷にあつさりした秋草模様のメリンスの帯。広い額が貝のやうになめらかでちいさい、しかし熱情的なそして理智に光る眼――前歯がかけて居るせいか口を利きにくさうに、でもはきはきと何か云はれるところが、優しいうちにも凛として居られました。その全体からうける清楚とした感じは、とても後年の濃艶な扮装の夫人から想像することはむづかしい。
 狭い明るい庭に霜にいたんだ黄菊白菊が乱雑に咲いて居るのがかへつて趣ある風情だつたと覚えて居ます。
     ○
 平生無口な兄が時々おそろしく能弁になりました。何
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