嫌つて文学の書類など読みふけつて居た気位の高い私が、それを高貴から加へられる一種の屈辱的な役目と考へ素直に引きうけてやらふとするはづはありませんでした。が、気の弱い父の強ての懇願にしぶしぶ承知したのでした。私はお嫁にでも行く様な盛装をさせられました。下婢が次ぎの間まで茶や菓子を運ぶ。それを私がうけとつて、形式的にその高貴の前へ供へればよかつたのでした――私の動作は、恐らく随分ぎごちなくて不愛想であつたにちがひありません。が、その五十近くの高貴の人は何故か非常に機嫌がよくて、あたりを顧みては快談哄笑をしつづけて居ました。
やがてその人は何かふと思ひついた様でした。と、にはかに私に後を向けて浴衣着の上半身を裸体にしました。そして、家来に命じて縁先きに水の汲んであつた洗面器のなかからタオルをしぼつて持つて来させました。私はその人の咄嗟の間の動作に注目しました。丸い鉢開きの半白の頭を載せた短い首が、大酒の為か赤く皮膚を焦して居ました。隆鼻に引きしめられた端麗な前面には似もつかないいくらかの野卑な感じをうけて、私は思はず眼を逸らしました。そふとも知らずその人は、家来から受け取つたしぼりタオルを
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