ご》になって、のんきらしい………。早うこの首うって三井寺へ駆けつけさっしゃれ』(片膝つき右の手で頸を叩く)
源右衛門(深い思入れ)『それじゃ、そなたは何もかも、承知の上での旅立ちか』
源兵衛『きのう一同会所で相談。御影像と引換えの首は、誰か一人、若衆から出さずは済むまいと聴いたときから、若者|頭《がしら》の此のわたし、心で覚悟はしておりました。それに今朝方思いがけないおくみとの盃。それを済ますと親子の旅立ち、行先を訊いてもただ遠いところとばかり。こりゃてっきり父者が自分の首とわしの首とを引換えに、三井寺から開山聖人さまの御影像を、取戻す心算《つもり》と知った。なあ父者、永く生きても五七十年、わし等のような素凡夫の首が、尊い御影像に換えられ、御門徒衆一統の難儀を救えるなら、願うても勤めたい親子がもうけ役。ただ気がかりなは、老先短い母御と、若嫁、女ばかりでどう暮して行くやら。お縋《すが》り申すは弥陀の御威徳』(合掌)
源右衛門(同じく合掌)『法の為めには不惜身命《ふしゃくしんみょう》の誡《いましめ》。やわか功徳の無いことがあろうか。生き残るも、死に往くもあなた任せ。心も軽き一葉船、風のまに
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