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おくみ『源兵衛さま』
源兵衛『おくみ』
おくみ『ほんにたまさか逢瀬《おうせ》の一夜。その上なにか胸騒ぎがしてすこしでも長くあなたに引添うて、離れとうもござりませぬ』
源兵衛『わしとても同じ想いだ。然しお上人さまがよう言わるる此の世のさまは、生者必滅、会者定離《えしゃじょうり》。たとえ表向き夫婦となって、共白髪まで添い遂げようとしても、無常の風に誘わるれば、たちまちあの世と此の世の距て。訣れとなるのは遅い早いの違いだけだ。そこをよう聴き分けて御念仏一筋を便りにおとなしく御主家へ帰って呉れ。今分れても首尾さえつけば、直ぐこちらから迎えに行く。若しまた拙い首尾になり果てようと、落ち付く先は極楽浄土。一つうてなで花嫁花婿』(涙にむせぶ)
おくみ(いそがしく手探りで源兵衛の頬を探り)『や、や、源兵衛さん、こなた泣いていやしゃんすな。先程呉れたお珠数《じゅず》と言い、わたしのこの胸騒ぎ、またいまのお言葉。こりゃ迂濶《うかつ》にお傍は離れられぬ。こなた何か、わたしに隠し立てをしていなさるな』(珠数を取出す)
源兵衛(おくみの手を払い涙を拭い
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