間取る暇に、その松明こっちへ貰おう』
おくみ『また、うまくわたしを騙《だま》しなさろうとて、その手には乗りませぬ』
源兵衛『またその手に乗らんとは、わしがそなたを騙したと言うのか』
おくみ『お騙しなさんしたとも。今朝のうちから、さっきのいままで』
源兵衛『そなたが来るのを留守にしたのは、拠所《よんどころ》ない若衆会所の相談。それも御門徒の一大事に就《つい》ての談合と、道々も口を酸《すっぱ》くして聞かしてやったではないか』
おくみ『それがほんとなら、大事ないけれど』
源兵衛『言いがかりもいい加減にしやれ、さあ、もう夜明けも間近だ。明方《あけがた》までにそなたも御主家へ戻らずば首尾が悪るかろう。その松明をこっちへ渡しや』
おくみ『いえいえ。わたしゃ、矢っ張り、あなたを家へ送り届けて、安心して、それから往にます』
源兵衛『もう、いいからその松明』
おくみ『いえいえもう少し………』
源兵衛『出しゃれ、出しゃれ』
おくみ『いや。いや』
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(奪い取り合ううち、松明はぱったり地に落ちる。舞台は薄闇。二人は思《おもわ》ず寄り添う。源右衛門の家より鉦《しょう》の音。)
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