しと桜をば見つ

このわれや金とり初《そ》めの日《ひ》の本《もと》の震後の桜花《はな》の真盛りの今日《けふ》

停電の電車のうちゆつくづくと都《みやこ》の桜花《はな》をながめたるかも

桜さく頃ともなればわきてわが疲《つか》るる日こそ数は多けれ

かろき疲れさくらさく椽《えん》にかりそめの綻《ほころ》びもわがつくろはずけり

しばたたきうちしばたたき眼《め》を病《や》めるわれや桜をまともには見ず

さくら花《ばな》まぼしけれどもやはらかく春のこころに咲きとほりたり

うつらうつらわが夢むらく遠方《をちかた》の水晶山に散るさくら花

うちわたす桜の長道《ながて》はろばろとわがいのちをば放ちやりたり

外《と》の面《も》には桜|盛《さか》るをわが瓶《へい》の室咲《むろざ》きの薔薇《ばら》ははやもしぼめり

真黒くわれ動《うごか》ざりあしたより桜花《はな》は窓辺《まどべ》に散りに散れども

ひそかなる独言《ひとりごと》なれけふ聞きてあすは忘れよひともと桜

遠稲妻《とほいなづま》そらのいづこぞうちひそみこの夜桜《よざくら》のもだし愛《かな》しも

かきくもる大空のもとひそやかに息づきにつつこ
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