びに残る

ほそほそと桜花《はな》の奥より見えて来る灯《ひ》にまさりたる淋しき灯なし

桜花《はな》の奥なにたからかに語り来る人ありて姿なかなか見えず

糸杉《いとすぎ》のみどり燃えたりそのかたへふわふわ桜咲き白《しら》むかも

桜さく丘にのぼれば遠《をち》かたの松ふく風の声かそかなり

この丘の桜花《さくら》のもとゆ見はるかす遠松原《とほまつばら》のほのぼのしかも

松の間《ま》に桜さきたり松の葉の黒きひまよりうす紅《べに》ざくら

ミケロアンゼロの憂鬱《いううつ》はわれを去らずけり桜花《さくら》の陰影《かげ》は疲れてぞ見ゆれ

桜花《はな》あかりさす弥生《やよひ》こそわが部屋にそこはかとなく淀《よど》む憂鬱

かなしみがやがて黒める憂鬱となりて術《すべ》なし桜花《はな》のしたみち

早春の風ひようひようと吹きにけりかちかちに莟《つぼ》む桜|並木《なみき》を

かちかちにつぼむ桜の樹下《こした》みちしなび蜜柑《みかん》を曳《ひ》いて通るも

さくら咲くあかるき外《と》には立ちにけりわが衣《きぬ》の皺《しわ》にはかに著《しる》し

仁丹《じんたん》の広告灯が青くまた赤く照《てら》せり夜
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