ひとこゑ》の汽笛《きてき》の音がつつ走りけり

駅前の石炭の層にうらうらと桜花《はな》ちりかかる真昼なりけり

自動車の太輪《ふとわ》の砂塵《さぢん》もうもうとたちけむりつつ道の辺《べ》の桜

真白なる鶏《くだかけ》ひとつ今朝《けさ》みれば血に染《そ》みてあり桜花《はな》の樹《こ》のもと

空高く桜咲けどもわがたどる一本の道は岩根《いはね》こごしき

さくらばな咲く春なれや偽《いつは》りもまことも来よやともに眺《なが》めな

日《ひ》の本《もと》の春のあめつち豪華《がうくわ》なる桜花《さくら》の層をうちに築きたり

おのづから蔭影《かげ》こそやどれ咲き満《み》てる桜花《さくら》の層のこのもかのもに

にほやかにさくら描《か》かむと春陽《はるひ》のもとぬばたまの墨《すみ》をすり流したり

にほやかにさくら描《ゑが》きておみな子《ご》も金《かね》もうけむとおもひ立ちたり

おみな子の金もうくるを笑はざれ日本のさくら震後の桜

日本の震後のさくらいかならむ色にさくやと待ちに待ちたり

金ほしきおみなとなりて眺《なが》むれど桜の色は変《かわ》らざりけり

金ほしき今年の春のおのれかもいやうるはしと桜をば見つ

このわれや金とり初《そ》めの日《ひ》の本《もと》の震後の桜花《はな》の真盛りの今日《けふ》

停電の電車のうちゆつくづくと都《みやこ》の桜花《はな》をながめたるかも

桜さく頃ともなればわきてわが疲《つか》るる日こそ数は多けれ

かろき疲れさくらさく椽《えん》にかりそめの綻《ほころ》びもわがつくろはずけり

しばたたきうちしばたたき眼《め》を病《や》めるわれや桜をまともには見ず

さくら花《ばな》まぼしけれどもやはらかく春のこころに咲きとほりたり

うつらうつらわが夢むらく遠方《をちかた》の水晶山に散るさくら花

うちわたす桜の長道《ながて》はろばろとわがいのちをば放ちやりたり

外《と》の面《も》には桜|盛《さか》るをわが瓶《へい》の室咲《むろざ》きの薔薇《ばら》ははやもしぼめり

真黒くわれ動《うごか》ざりあしたより桜花《はな》は窓辺《まどべ》に散りに散れども

ひそかなる独言《ひとりごと》なれけふ聞きてあすは忘れよひともと桜

遠稲妻《とほいなづま》そらのいづこぞうちひそみこの夜桜《よざくら》のもだし愛《かな》しも

かきくもる大空のもとひそやかに息づきにつつこ
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