かけるにも、恋とか愛とかに陥《おちい》ってしまわぬだろうか。もしそういう道を踏めば、内気なだけに一途な性分でどこまで行くか知れない自分ではないか。日頃同じ性質の兄と共に警《いまし》め合っているのはこれではないか。これはまるで薪《たきぎ》を抱く人間が火事を救いに行くようなものであると、かの女は思った。兄は何故に自分にこんな青年を紹介したのか。自分は兄か何者かに試されているのではなかろうか。
「ばあや、もう眼の罨法《あんぽう》をする時間じゃなくって」
「そうでございましたね。じゃ重光さん今晩はもう失礼ですが」
青年はたいがい夜になってかの女を訪れて来た。
ばあやは
「重光さん、昼間はご勉強ですか」と訊いた。
すると青年は、ばあやより寧《むし》ろかの女に向うようにいった。
「昼間は何の感興もなく寝ていますよ。まあ死んでるようですね」
かの女は陽のある昼は全くの無に帰し、夕方より蘇る青年を、物語の中の不思議な魂魄のように想われ、美しくあやしく眺めた。
かの女の眼病は遅々として癒えながら、桜が咲いて散って行っても、まだ癒えなかった。青年は殆ど連夜かの女を訪れた。かの女の残り物で酒を
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