高原の太陽
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)境内《けいだい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)根津|権現《ごんげん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ほうたい[#「ほうたい」に傍点]
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「素焼の壺と素焼の壺とただ並んでるようなあっさりして嫌味のない男女の交際というものはないでしょうか」と青年は云った。
 本郷帝国大学の裏門を出て根津|権現《ごんげん》の境内《けいだい》まで、いくつも曲りながら傾斜になって降りる邸町の段階の途中にある或る邸宅の離れ屋である。障子を開けひろげた座敷から木の茂みや花の梢《こずえ》を越して、町の灯あかりが薄い生臙脂《きえんじ》いろに晩春の闇の空をほのかに染め上げ、その紗《しゃ》のような灯あかりに透けて、上野の丘の影が眠る鯨《くじら》のように横わる。鯨の頭のところに精養軒の食堂が舞台のように高く灯の雫《しずく》を滴らしている。座敷のすぐ軒先の闇を何の花か糠《ぬか》のように塊り、折々散るときだけ粉雪のように微に光って落ちる。
 かの女は小さく繃帯《ほうたい》をしている
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