嬢さまご退屈ですか、おやおや。じゃ一つ重光さんに唄でもうたって聴かして頂きましょう」
「いやな婆や」
 かの女は口でこう云って制したけれども、こういう青年がどんな唄をうたうかそれも聴いて見たかった。
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 青年の唄っている唄は花柳界の唄にしても、唄っている心緒は真面目な嘆きである。声もよくなく、その上節廻しに音痴のところがある。それを自分で充分承知していながら、自分に対する一種の嘲笑いを示すかのような押した調子の底に、医《い》やすべからざる深い寂寞が潜むではないか。かの女の一般の若い生命を愛しむ母性が、この青年に向ってむくむくと頭を擡《もた》げる、この青年はどうかしてやらなければいけない。だがそう思う途端に、忽《たちま》ちかの女は自分を顧みる。危い性分である。人一倍情熱を籠めて生れさせられた癖に、家柄の躾《しつ》けや病身のために圧搾に圧搾を加えられている。それが自分の内気というものなのだ。もし、義侠のつもりで働き
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