は笑を含みながら大部分の時間をばあやに素直に饗応《もてな》された。酒は強いらしくいくら飲んでも大して変らなかった。ただ老女中に対しては、いかにもこういう種類の女中を扱いつけているらしい態度で冗談にして愛想を云った。
「ばあやさんお酌の仕方がうまいなあ」
「むかし酒飲みの主人を持っておりましたからね」
 淡々として人生をも生活をも戯画化して行く。これを江戸趣味とでもいうのであろうか。青年と老女中は、追羽子の羽根のように会話を弄んで行くが、かの女は他愛ないもののように取れて、そっと傍見をして欠伸《あくび》をしてしまった。だが欠伸の後の生理的弛緩に伴う心の寂寞をかの女は自分にあやしんで見た。この青年の傍にいることは何という淋しさだろう。大都会の下町――そこにはあらゆる文化と廃頽の魔性の精がいて、この俊敏な青年の生命をいつかむしばみ白々しい虚無的な余白ばかりを残して仕舞った。恰《あたか》も自家中毒の患者を見るような憐みさえ、かの女の心に湧いて来るのだった。そしてかの女はその心をどう表現して好いかわからない。やはり表面には退屈な表情より現われて来ない。すると、ばあやはさすがに目敏く見て取り
「お
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