な桜色の顔の色をかの女は羨んだ。かの女は鬱気の性質から、顔の色はやや蒼白かった。しかし、肉附きも骨格も好くて、内部に力が籠っている未完成らしい娘だった。
「年頃のお嬢様のような『気《け》』もなくって……」と老婢は時々意味|有気《ありげ》に云った。
同じく都会に育って、灰汁《あく》抜けし過ぎた性質から、夫からも家からもあっさり振り捨てられて、他人の家で令嬢附の侍女を勤めて、平気な顔をしている老女中は、青年と上べの調子はよく合った。少くとも自分からは、ばあやは青年と気が合っていると思い込んでいた。
「お嬢さま、この牡蠣《かき》のフライと山葵《わさび》漬はおあがりになりませんね。では、これを重光《しげみつ》さんのお肴《さかな》にとっといて、またビールでも差上げましょう。なにそう云ったって構《かま》やしません。あの方はさくくていらっしゃるから」
ばあやは青年の気さくなところばかりを見ていた。
かの女が喰べて仕舞った夕飯の膳をひいて行くときに、ばあやはこう云って、かの女の箸をつけない皿を一つか二つ残して置くのであった。そして母屋《おもや》の邸の台所からビールを貰って来て、青年を待った。青年
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