た)よりほか、性癖に変った箇所もないと兄は云っていた。むしろ表面はごく捌《さば》けた都会っ子で、偏屈な妹には薬になるかも知れない。当人も妹のことを聞いて、その病的に内気なところに興味を持ち、頻《しき》りに紹介を頼むことだから、まあ会って見給えというほどのことだった。こういう青年を妹に何の気づかいも無く紹介して間もなく兄はフランス遊学の長途の旅に立って行った。青年は夜になると庭から入って来た。かの女が夕飯を済まして、所在なさに眼のほうたい[#「ほうたい」に傍点]を抑え乍《なが》ら歌書や小説をばあやに拾い読みして貰っていると、庭の裏木戸がぎしいと開き、庭石に当る駒下駄の音が爽やかに近づいて、築山の桃葉珊瑚《あおき》の蔭から青年は姿を現わした。
 闇の中から生れ出る青年の姿は、美しかった。薩摩絣《さつまがすり》の着物に対の羽織を着て、襦袢の襟が芝居の子役のように薄鼠色の羽二重だった。鋭く敏感を示す高い鼻以外は、女らしい眼鼻立ちで、もしこれに媚を持たせたら、かの女の好みには寧《むし》ろ堪えられないものになるであろうと思われた。併《しか》し、青年の表情は案外率直で非生物的だった。
 青年のほのか
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