すると青年は却《かえ》って不満らしく、喰べものの箸の手を止めて、いつになく真面目に語り始めた。
 女ばかりで客商売をする家に育った青年は、子供のうちから女という女の憂いも歎きも見すぎて来た。自分の見て来た女達が同じように辛い運命から性《しょう》を抜かれた白々しさ。そういう女性のなかに育った青年の魂は、いつか人生を否定的にばかり見るようになった。あらゆる都会の文化も悦楽も青年の魂を慰めなかった。年少から酒を嗜《たしな》むようになったのも、その空虚な気持ちを紛らすためと云ってよかった。
「だが不思議ですね。それほど女性の陰に悩まされた自分でありながら、さて女性に離れて仕舞《しま》うことになると、まるでぽかんとして仕舞うのですね」
 それは恰度《ちょうど》菓子造りの家の者が菓子に飽き飽きしながら、絶えず糖分を摂取せずにはいられないようなものではなかろうか。
「菓子造りの家の者が砂糖の中毒患者というなら、僕は女性の中毒患者とでもいうべきでしょう」
 青年は苦笑した。
 早く死んだ青年の父は、天才の素質を帯びている不遇な文人画家であった。その血筋は息子の青年に伝えられた。
「僕にはこれで高邁《こ
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