ったり漕ぎ通ったりしているいくつかの川や堀割の岸を、俥で過ぎて、細い河岸の大木の柳の蔭の一軒の料理屋へ、青年は俥をつけさせた。
「ここは橋本という昔から名代の料理屋です」
かの女は、峠のように折れ曲り、上ったり下ったりする段梯子を面白いと思った。案内された小座敷の欄干は水とすれすれだった。青み淀んだ水を越して小さい堤があり、その先は田舎になっていた。
「いいところですね。草双紙の場面のよう」
「お気に入って結構です。きょうは悠《ゆ》っくり寛《くつろ》いで下さい。うちも同然の店ですから」
かの女はふと疑問が起った。
「あなた、お料理店の息子さん?」
「違います。だが、まあ、客商売というところは同じですね」
名物鯉の洗い、玉子焼、しじみ汁――。かの女は遠慮なく喰べながら、青年の生家でありそうな客商売の種類をいろいろと考え探って見た。
「判りませんわ。あなたのお家の商売――」
「さあ、云ってもいいが、云わない方が感じがいいでしょう。兎《と》に角《かく》、女親とあとは殆ど女だけしかいないような家なのです」
かの女は「まあ」と云って、それより先|訊《き》き質《ただ》す勇気はなかった。
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