もなるし、姫のためにもよくない。刻々、そう思いながら、その気持ちに自分で自分に言いわけを拵《こしら》えて、ずるずる現状のままを持ち続けています。時には自分で腑甲斐《ふがい》無いと思えば思うほど「ええ、何もかもおしまいだ、姫と駆落《かけおち》でもしてしまおう」こんな反動的な情火がむらむらと起るので、自分ながら危なくて仕様がありません。これはいっそ、そっとこのままにしておいて時の捌《さば》きを待つよりしかたがないと、思い諦めて、楽しいようなはかないような逢瀬《おうせ》を続けています。
 昼過ぎ、昭青年は姫に生飯を持って行って食べさせたあと、二人は川へ向いた苫を少し掻き分けて、対岸の景色を眺《なが》めていました。蝉時雨《せみしぐれ》は、一しきり盛《さか》りになって山の翠《みどり》も揺《ゆ》るるかと思われる喧《やか》ましさ、その上、あいにくと風がはたと途絶えてしまったので周囲を密閉した苫船の暑さは蒸されるようです。姫は汗《あせ》を袂《たもと》で拭《ぬぐ》いながら言いました。
「あたくし、久しく行水しないから、この綺麗《きれい》な水へ入って汗を流したいのよ。あたりに誰《だれ》もいませんから、あな
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